時代は通信の発展期に移る.
レーダとは,Radio Detection and Ranging の略で対象物からの電波の反射を測定することによって対象物を探知し, その位置を検知することを指す.
レーダの開発が急速に発展した理由は,第一次世界大戦までの複葉機に代わって,ドイツ爆撃機Ju88のような航行距離が長く高高度を飛行する金属製の単葉機が爆撃機として利用されたからである.
1922年に米国海軍研究所(Naval Research Laboratory)が無線通信の実験中,近くを通過する船によって電波が乱されることから障害物探知の可能性に気が付く.1925年にはブライト(G.Breit)とチューブ(M.A Tuve)がパルスレーダを使って電離層の高度を計測する.電離層に向けて発射されたパルスが航空機や鳥の群れによって反射され受信されたことから,物体検知の研究が始まる.
1937年に米国シグナルコー研究所は対航空機地上レーダSCR-268を開発した.最長探知距離は37kmであった.1939年にはドイツで直径3mのパラボラアンテナを使った
(Wrzburg)レーダが開発された.最長探知距離は40kmでアメリカを上回る技術であった.]
当時同盟国であった日本はウルツブルグレーダの導入を決めて困難の末に1944図面を持ち帰った.そのあとに国産化に成功するが,実践で成果を挙げる機会を得ることなく終戦を迎える.